死刑にいたる病 (ハヤカワ文庫JA)

MIMIBUNKO

「死刑にいたる病」オーディブル版 ― 自分の判断だけは、まともだと思っていた

2026.07.10

※本ページはアフィリエイト広告(PR)を含みます。

今朝、私は自分の目を疑う練習をしていた

確証バイアスについて学んでいた。都合のいい情報ばかり集めてしまう、というあれ。名前だけは知っていた。ただ、今朝読んだ話はそこで終わらなかった。本体は「集め方」じゃない。「審査の仕方」だという。

都合のいい情報は、甘く審査する。都合の悪い情報は、厳しく審査する。同じ基準で見ているつもりで、実は物差しが二本ある。1998年にニッカーソンという人がまとめた話らしい。読みながら、少し嫌な気持ちになった。心当たりがありすぎる。

その日の夜、頭の隅にその「二本の物差し」が引っかかったまま、ある小説のことを思い出した。櫛木理宇の「死刑にいたる病」。よりによって、というやつだ。

一通の手紙から、崩れていく

大学生の筧井雅也のところに、手紙が届く。差出人は榛村大和。連続殺人で死刑判決を受けた男だ。手紙にはこうある。罪は認める。ただ、最後の一件だけは、自分はやっていない。それを証明してくれないか、と。

榛村は、雅也が高校生のころに通っていたパン屋の店主だった。優しかった。誰にでも優しかった。人の話をちゃんと聞いてくれる、数少ない大人だった。雅也にとっては、そういう記憶の人だ。

そして雅也は、調べはじめる。ここからの展開が、なんというか、まずい。読者も、ページのこちら側で一緒に調べることになる。証拠を拾って、並べて、整えていく。その手つきが——今朝学んだばかりのあれと、そっくりだ。

この声を、まだ知らない耳で聴けるのは一度きりです。
最初の30日は無料で試せます。

▶ 30日間無料で聴いてみる

Audible無料体験/30日以内に退会すれば費用は一切かかりません。

怖いのは、殺人鬼ではなかった

この本を怖いと呼ぶ人は多いと思う。ただ、怖さの場所は、殺人の描写とは別のところにあると思う。

殺人の描写が怖いんじゃない。怖いのは、読み手の心が、勝手に動くこと。榛村に有利な材料が出てくると、人はそれをろくに疑わずに机の上に置く。榛村に不利な材料が出てくると、急に厳しくなる。裏は取れているのか。その証言は信用できるのか。同じ強さの証拠なのに、通す門の狭さがぜんぜん違う。二本の物差しを、読み手は自分の手で握ることになる。今朝それを学んだばかりでも、まったく同じ穴に落ちる。しかも落ちている最中は、落ちているとすら思わない。自分は冷静に判断していると思ってしまう。その「思ってしまう」が、いちばん危ない。

人が誰かを信じるとき、証拠を見て信じているわけじゃないのかもしれない。先に信じていて、そのあとで証拠を選んでいる。順番が逆なのだ。この小説は、それを説教では教えてくれない。体験させてくる。だから残る。

声だと、手紙が声になる

紙で読んでいたら、榛村の手紙は文字だった。文字は、こちらのペースで読める。速く飛ばすこともできるし、目を離すこともできる。

オーディブルだと、そうはいかない。手紙が、声になって耳に入ってくる。ナレーターは平田楓人さん。

そして、間。声で語られる物語では、次に来る言葉が、優しいのか、それとも優しい顔をしているだけなのか、まだ分からないまま、聴き手は待つことになる。目は閉じられる。耳は閉じられない。この物語にとって、それは残酷なくらい相性がいい形式だと思う。

この小説が残すもの

結末は書かない。どこがどう繋がるのかは、聴く人の時間にとっておいてほしい。

この小説が残すのは、犯人が誰だったか、というより、「自分の判断だけは、まともだと思っていた」という、あの図々しさのほうだと思う。毎日いろんなことを学んでいると、学べば学ぶほど、自分は見えるようになったと感じる。その感じごと引っくり返される話だ。

たぶん、これでいい。バイアスに気づいているというだけで、少しは強くなれるらしい。気づくには、思い知る必要がある。明日から人の話を聞くとき、自分がどっちの物差しを出しているか、一回だけ立ち止まってみる。この小説は、そのきっかけになる一冊だ。


ここまで読んでくれた、あなたへ。
その物語の、入り口です。

▶ まず30日、無料で聴いてみる

Audible無料体験/30日以内に退会すれば、費用は一切かかりません。




声に出会えた本は、ほかにもあります。

私の本棚を見る →

← 耳文庫トップへ