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今朝、抵抗の正体を読み違えていたと知った
今朝、認知的不協和の話を学んでいた。矛盾を抱えると気持ち悪い、という有名なやつ。でも核心はそこじゃないらしい。アロンソンという人の整理では、本当に痛いのは論理の矛盾ではなく「自分は有能で、まともな人間だ」という自己像が揺れること。
それを読んで、少し黙った。人が新しいやり方に抵抗するのは、ついていけないからじゃない。積み上げてきたものの価値が否定されそうだからだ。そう置き換えるだけで、見え方が変わる。
そういえば、と思い出した本がある。怒鳴ることしか知らなかった人が、途中で自分のやり方を全部組み替えた話。「武田建のコーチングの心理学」。この人こそ、自己像が一番揺れたはずだ。
鬼コーチだった人が、カウンセリングを学びに行く
武田さんは、関西学院大学のアメリカンフットボールを率いた人。十一年間タイトルから遠ざかっていたチームを、十年で七回優勝させた。数字だけ見ると、名将の武勇伝に聞こえる。
ところが本人が最初に書いているのは、自分は怒鳴ることしか知らない鬼コーチだった、ということ。ここが妙に良い。成功譚の頭に、自分の下手さを置いている。
その後アメリカに渡って、カウンセリングを学ぶ。フットボールの技術ではなく、人の話の聴き方を学びに行く。勝つために怒鳴っていた人が、勝つために聴き方を習いに行く。この順番が、この本の全部だと思う。
褒めるでも叱るでもなく、行動を見る
中身は精神論じゃない。行動をどう見るか、どう伝えるか、という具体の話が続く。できていない部分をなじるのではなく、できている部分を先に取り出す。人格ではなく行動を指す。当たり前に聞こえるのに、現場ではまず守られない。
私も人にものを頼む場面がある。うまく伝わらないと、つい相手のせいにする。やる気がない、と。でもそれは、相手の人格に原因を置いてしまっただけで、何も観察していない。手抜きだ。
この本を聴いていて一番刺さったのは、指導が変わることと、指導者の自己像が壊れることは別だ、という点だった。怒鳴るのをやめても、その人が積み上げた厳しさは死なない。形が変わるだけ。今朝学んだ話とここでつながった。抵抗されたときに必要なのは説得じゃない。相手が自分を否定せずに変われる道を、こちらが一本用意することだ。それだけ。それだけなのに、誰もやらない。
耳で聴くと、言い方そのものが残る
この本は、声で聴く相性がいい。ナレーターは江川大輔さん。淡々としている。煽らない。指導論の本にありがちな熱の押し売りがない。
面白いのは、文字で読むと「手法」に見えるものが、耳だと「言い方」として入ってくること。同じ内容でも、どんな速さで、どこで区切って伝えるか。声にはそれが乗る。読んでいたら通り過ぎた一文で、耳だと立ち止まる。
そして、聴いていると自分の声を想像してしまう。あの時、自分はどんな調子で言ったっけ。目は文字を追うけれど、耳は自分の記憶を引っぱり出す。この本に関しては、そこが効いた。
明日の言い方を、ひとつだけ変えてみる
聴き終えて、大きな決意はしていない。しない。そういう本じゃない。
残ったのは小さいこと。誰かに何か言うとき、最初の一言を、否定から始めない。それだけ決めた。守れるかは分からない。たぶん半分は失敗する。
でも、怒鳴ることしか知らなかった人が、留学して聴き方を学び直したのだ。こっちは一言変えるくらい、やってみてもいい。そう思わせてくれる本だった。