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本屋大賞だったから、何の気なしに
聴き始めたきっかけは、たいした理由じゃない。本屋大賞を取った作品だったから。それだけだった。話題になっているなら、まあ聴いてみるか。そのくらいの気持ちで再生ボタンを押した。
タイトルは「成瀬は天下を取りにいく」。なんだか威勢のいい名前だな、と思った。それ以上の前情報は、ほとんど持っていなかった。
すぐに、成瀬という人に引き込まれた
ところが、聴き始めてすぐだった。主人公・成瀬あかりという人物の強さに、ぐいぐい引き込まれていった。
とくに惹かれたのが、彼女の独特の話し方だ。古風で、律儀で、まっすぐ。今のこの時代に、あんな喋り方をする人はまずいない。だからこそ、そこに“味”があった。声で聴いていると、その律儀さがいっそう際立つ。文字で読むより、人柄が耳から直接入ってくる感じがした。
行ったこともない街が、耳の中で立ち上がった
物語の舞台は、滋賀県の大津。地元の百貨店が閉店する、という話が軸になっている。
正直に言うと、私にはまるで縁のない世界だ。私は田舎の育ちで、デパートと呼べる場所まで車で2時間かかるような土地で生きてきた。成瀬が毎日通うデパートの空気も、その街の景色も、自分の生活圏にはひとつも無い。
それなのに、不思議なことが起きた。声で聴いていたら、行ったこともないはずのその街が、頭の中にリアルに立ち上がってきたのだ。フロアの照明、人の流れ、夏の空気。見たこともないのに、なぜか見えた。
もちろん、それは私が勝手に描いた想像だ。実際の大津とも、本当の西武とも、きっとかけ離れているんだろう。でも、それでいい。声は、自分の中にある景色を引っ張り出して、知らない街と勝手につなげてくれる。想像が掻き立てられる、というのはこういうことなのだと思った。
声は、説明しない。だから想像する
文字を目で追うのとも違う。映像で全部見せられるのとも違う。声だけがあると、足りない部分を自分の頭が埋めにいく。だから景色が「自分のもの」になる。
成瀬の律儀な喋り方も、縁のない街の風景も、声というひとつの入り口から、私の中で像を結んでいった。聴くという体験は、思っていたよりずっと、想像を働かせる体験だった。
縁のない世界に、耳から旅をした
「成瀬は天下を取りにいく」を聴いて残ったのは、行ったことのない街を、耳から旅したような感覚だった。
もし、自分とは縁のなさそうな話だな、と思って手が伸びていない作品があるなら。一度、声で聴いてみてほしい。知らない街が、自分の中に立ち上がってくる。あの感覚は、聴いてみないと分からない。