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まず結論を言う、という型
今日、SDS法という文章の組み立て方を学んだ。Summary、Details、Summary。先に要点を言う。次に中身を説明する。最後にもう一度、要点に戻る。
なるほど、と思った。同時に、少し引っかかった。戻ってきたとき、最初と同じ要点のはずなのに、同じ顔をしていない文章がある。途中の中身を通ってきたぶん、重さが変わる。
そこで思い出したのが、この本だ。青山美智子「赤と青とエスキース」。聴き終えたあと、まさにそんな感覚が残った。最初に置かれたものに、あとから時間が追いついてくる。そういう本だった。
メルボルンの、一枚のエスキース
あらすじは短く言える。メルボルンの若手画家が、一枚の絵を描く。エスキース。本画の前に描く下絵のこと。その絵が日本へ渡って、30数年。
紹介文にあるのは、ほぼそれだけだ。私もそれだけで聴き始めた。誰がどう関わるのか、どこで繋がるのか。ここには書かない。どう繋がるかは、聴く人の楽しみだから。
ひとつだけ言うなら、下絵という言葉が効いている。完成品じゃない。途中のもの。なのに、いちばん最初に生まれた絵。
この本の芯は、「途中」にあると思った
聴いていて、何度か手が止まった。作業をしながら流していたのに、止まった。
人生って、だいたい下絵のままだ。そう思った。本画になる日なんて、たぶん来ない。清書できないまま、線を重ねて、消して、また引く。それでも、その一枚には、描いた人の最初の熱が残っている。
赤と青。題名の色の対比が、聴いているうちにじわじわ効いてくる。意味をここで説明はしない。ただ、色の名前が耳に入るたびに、ちょっと景色が変わる。
派手な事件で引っ張る本ではない。静かだ。静かなのに、気づくと胸のあたりが温かくなっている。そのずるさが、青山さんの本だと思う。
二人の声で聴くということ
ナレーターは井上悟さんと疋田涼子さん。二人いる。男性の声と女性の声。
紙で読んでいたら、頭の中の声は一つだったと思う。それが、聴くと分かれる。声が変わるだけで、ページをめくった感じがする。場面が替わる、息継ぎがある。
間がいい。台詞のあとの、ほんの少しの沈黙。そこに、こちらの気持ちが追いつく時間がある。文字だと飛ばしてしまう一拍を、声は飛ばさせてくれない。
しかも、この本は「時間」の話だ。時間が流れる話を、時間の流れる媒体で聴く。相性がいいに決まっていた。
聴き終えて、もう一度最初に戻りたくなった
聴き終えて、すぐに冒頭に戻りたくなった。SDSでいう、最後のSummary。同じ場所に戻ってきたはずなのに、最初に聴いたときとは、まったく違って聞こえる。
これは、先に結論を言う文章術では出せない味だと思う。結論は最初に出さない。出さなかったからこそ、最後に効く。今日学んだ型を、半分だけ裏切るような読後感だった。
明日の自分も、きっと下絵のままだ。でも、それでいいか、と思えた。ちょっとだけ、線を引き直してみようか。そんな気持ちで、この文章を閉じる。