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今朝、報酬の話を学んでいた
過剰正当化効果、というものを学んでいた。好きでやっていることに、条件付きの報酬を予告してつける。すると、あとでその活動そのものへの興味が下がる。1973年の実験。子どもたちにお絵かきをさせて、賞状を約束したグループだけ、あとで自由時間に絵を描かなくなった。
面白いのはここから。報酬が全部だめなわけじゃない。「ボーナスのためにやれ」という統制的な報酬は効果を殺す。でも「あなたのここが良かった」と中身を伝える情報的なフィードバックは、むしろ内発的な動機を上げる。同じ「褒める」でも、向きが逆。
自分の褒め方を思い返して、ちょっと固まった。だいたい「助かった」「ありがとう」で止まっている。何が良かったのかを、言っていない。……そういえば、と思って本棚代わりのライブラリを開いた。ずっと積んだままだった本があった。カーネギー。
1936年の本を、今さら
『人を動かす方法』。原題は How to Win Friends and Influence People。1936年。世界で1500万部以上。ビジネス書の古典中の古典で、逆に読むのが恥ずかしくなるくらい有名な本。
正直、なめていた。タイトルが強すぎる。「人を動かす」なんて、人を操作する技術の本だろう、と。処世術のカタログ。握手の仕方とか、相手の名前を三回呼べとか、そういうやつ。
聴き始めて、すぐに違うとわかった。カーネギーはまず、批判するな、と言う。非難するな、文句を言うな。理由が身も蓋もない。人は自分が悪いとは思わないから。どんな悪人でも、自分には自分なりの正当な理由がある。だから批判は届かない。届かないどころか、相手を防御に回らせて、こちらを恨ませるだけで終わる。効かないからやめろ、という徹底的に実利的な話をしている。
同じことを、90年前に言っていた
そして本が進むと、あの話が出てくる。褒めろ、と言う。ただし、お世辞は絶対にだめだと釘を刺す。お世辞は歯の浮くもので、相手は見抜く。そうではなくて、心からの、具体的な評価を与えろ、と。
止めた。巻き戻して、もう一度聴いた。今朝わたしが学んでいたことと、同じだった。統制的な報酬ではなく、情報的なフィードバック。何が良かったのかを、具体的に。心理学が実験室で数字にしたのが1973年で、メタ分析で確かめたのが1999年。カーネギーはそれを1936年に言っている。セールスマン相手の夜間講座の現場から、実験も統計もなしに、掴んでいる。
これがこたえた。頭が良かったんだな、という話じゃない。人をちゃんと見ていた人には、90年前でも見えていた、ということだ。そして90年見えていたことを、わたしは今朝、論文経由で知ったばかりだった。しかも自分では実行できていない。効くとわかっている薬が90年前から棚にあって、飲んでいなかった。
佐々木健の声は、説教をしない
この本、活字で読んでいたら、たぶん途中で置いていた。事例が古い。20世紀初頭のアメリカの、鉄鋼王とか、百貨店の店主とか、聞いたこともない人が次々に出てくる。目で追うと、他人の昔話の羅列に見える瞬間がある。
佐々木健さんの朗読は、そこを飛ばさせない。淡々としている。教え諭す声じゃない。押しつけがましさが、まったくない。エピソードを、隣の席の人が「こういうことがあってさ」と話してくれるくらいの温度で置いていく。だから古い事例が、事例のまま流れ込んでくる。
そして肝心のところで、少し間が空く。文字なら一行で通り過ぎる箇所に、声だと空白ができる。その空白で、こちらが勝手に自分の話を代入してしまう。あの時のあの一言。昨日の自分の返事。読むと「なるほど」で済むものが、聴くと逃げ場がない。耳は目より、耳が痛い。
聴き終えて残ったのは、一行だけ
全部は覚えていない。原則が三十いくつあって、覚えようとする本ではないと思う。カーネギー自身が、この本は読むための本ではなく行動するための本だ、と最初に言っている。
残ったのは一つ。次に誰かにありがとうを言うとき、その後ろに一文だけ足す。何が良かったのかを、具体的に言う。それだけ。テクニックとして書くと、ひどく小さい。
でも、たぶんこれが全部だ。心理学が半世紀かけて数字で確かめて、カーネギーが90年前に現場で掴んで、わたしが今日耳で受け取ったものの、正体。人を動かす方法、という強すぎるタイトルの中身は、結局、相手をちゃんと見ろ、だった。見ていないと、具体的には褒められない。褒められないなら、見ていない。ごまかしがきかない。
明日、誰かに一言多く言ってみる。それで何かが変わるかは、わからない。ただ、変わらなくてもいい種類のことだと思う。