小鳥とリムジン

MIMIBUNKO

「小鳥とリムジン」オーディブル版 ― 光は、後ろから当てたほうがいい

2026.07.30

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逆光の話を、朝から読んでいた

メイン料理の撮り方を学んでいた。肉や魚を撮るとき、光は前から当てないほうがいい、という話。真上から蛍光灯をあてると、いちばん平たく写る。ソースの艶も、皮のパリッとしたところも、全部つぶれる。

逆に、後ろから、あるいは斜め後ろから光を入れる。すると輪郭に光が回って、質感が立つ。照りが出る。そこにあるものが、そこにあるように見える。

面白いな、と思った。正面から明るく照らすほうが親切な気がするのに、実際はそれがいちばん、ものを平らにしてしまう。──そういえば、と思い出したのが、この本だった。小川糸の「小鳥とリムジン」。この物語の光の当て方が、ちょうどそれだった。

あきらめていた人の、ところから始まる

主人公は、しんどい環境にいる。人を信じることを、もうやめている。自分の人生についても、そういうものだと決めてしまっている。

そういう人が、かけがえのない人たちに出会っていく。そして、少しずつ自分の心と体を取り戻していく。話の骨としては、それだけだ。それだけなのに、聴いているあいだ、何度も手が止まった。

小川糸という人は、「食堂かたつむり」で食べることは生きることと書いて、「ライオンのおやつ」で死にむかうことは生きることと書いた。今度は、愛することは生きること、だという。三つめの生の物語。並べてみると、この人がずっと同じところを掘っているのがわかる。角度を変えて、同じ場所を。

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傷口に、おいしいものがしみる

この本の紹介文に、傷口においしいものがしみていく、という一行がある。読んだとき、うまいことを言うな、で終わらなかった。しみる、というのは痛いということだ。

そこがこの話の芯だと思う。優しいものに触れたとき、人はすぐ楽になれない。むしろ痛い。ずっと固めてきたところに、あたたかいものが入ってくるのだから、痛いに決まっている。その痛みを、この物語はごまかさない。回復を、まっすぐな上り坂として描かない。

だから正面からの光じゃないんだ、と思った。主人公を明るく照らして、頑張った、よかったね、で終わらせない。後ろから当てる。輪郭だけを光らせる。まだ暗いところは暗いまま残す。そのほうが、その人がそこにいることが、ちゃんと伝わる。

擦り減ったまま帰ってきた日に、これを聴いていた。しみた。痛かった。でも、そのしみ方が、いやではなかった。

二宮芽生の声が、急がない

ナレーターは二宮芽生。この声が、いい。

何がいいかというと、急がないところだ。物語が動きそうなところで、少しだけ待つ。感情が来るところで、声を張らない。むしろ引く。引かれると、こちらが前に出る。聴いている側が、勝手に踏み込んでしまう。

文字で読むと、自分の速さで読める。悲しい場面は速く通り過ぎることもできる。声だとそれができない。その人の速さに、こちらが合わせるしかない。逃げ道がない。ずるいと思う。でも、この本にはそれが合っている。逃げ道のないところで聴いたほうが、たぶん深く入る。

声がわずかに揺れる箇所がある。震えているというほどではない。ほんの少し、息が長くなるだけ。そこで泣きそうになった。文字にはない情報だと思う。

聴き終えて、残ったもの

最後にどうなるかは書かない。どう繋がっていくかは、聴く人の楽しみだから。

ただ、聴き終えたあと、しばらくイヤホンを外さずにいた。何も鳴っていないのに、外すのが惜しかった。そういう終わり方をする本だった。

自分の人生をあきらめた、と思っている人がいたとして。その人に正面から強い光を当てるのは、たぶん違う。眩しいだけだ。そうじゃなくて、後ろにまわって、そっと光を置く。輪郭が見えるくらいでいい。それだけで、その人がそこにいることは、わかる。

今朝、料理の写真の話として学んだことが、夜になって全然ちがう形で返ってきた。学ぶって、そういうことなのかもしれない。


ここまで読んでくれた、あなたへ。
その物語の、入り口です。

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