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謎より先に、主人公に掴まれた
「天久鷹央の推理カルテ」は、医療ミステリーだ。各科で「原因がわからない」と匙を投げられた患者が集まってくる、統括診断部という小さな部署。そこに、天久鷹央という天才女医がいる。持ち込まれる不可解な症状の裏に隠れた「本当の病」を、彼女が一つずつ言い当てていく。
謎解きは、文句なしに面白い。それは先に言っておきたい。でも、私がこの本に掴まれたのは、謎のほうじゃなかった。鷹央という、この女医そのものだった。
とびきり頭が切れて、博識で、好きなことには子どもみたいに夢中になる。なのに、人付き合いは、びっくりするほど不器用。その凸凹が、この作品のいちばんの魅力だと思う。
コミュ障って、”言えない人”じゃなかった
私はずっと、長いあいだ、自分のことを「コミュニケーションが取れない人間」だと思っていた。言いたいことが、うまく言えない人。引っ込み思案で、口下手な人。コミュ障とは、そういうものだと思い込んでいた。
ところがある日、ふと目にしたSNSの一文で、頭をぶん殴られた。
――コミュ障というのは、「言わなくてもいいことを、言ってしまう人」のことだ。
猛烈に、納得してしまった。言えないんじゃない。むしろ逆で、黙っていればいい場面で、つい余計な一言を口にしてしまう。言った直後に「あ、今のは要らなかった」とわかる。内心では、ちゃんとわかっているのだ。わかっているのに、止められない。
「あー、こいつ、俺と同じだ」
鷹央が、まさにそうなのだ。
相手がどう受け取るかより先に、思ったことや正しいことが、口から出てしまう。場の空気が、ひゅっと冷える。言ってしまったあと、本人もどこかで気づいている。でも、うまく取り繕えない。だから、人と関わること自体を、だんだん避けるようになる。
鷹央を見ていると「あー、こいつ、俺と同じだ」と思わされる。彼女の口の悪さも、そのあとの気まずさも、後悔して殻にこもる感じも、ぜんぶ、身に覚えがある。天才の部分はまったく似ていないけれど、その不器用さの根っこだけは、痛いくらい同じだった。
だから鷹央は、私には”変わり者の天才”には見えなかった。人とうまくやれなくて、それでも自分の好きなものにだけは一直線な、ひとりの不器用な人。そう見えたとたん、彼女が他人に思えなくなった。
後悔のにじみは、声でこそ伝わる
そして、ここが、この本を朗読で聴く形式に向いていると思う一番のところだ。
活字で「鷹央は無遠慮なことを言った」と書いてあれば、それは情報として伝わる。でも、声で聴く形式なら、その無遠慮な一言と、言った直後の、あの気まずい”間”まで、声の調子で表現されうる。「あ、この子、今、わかってて言っちゃったんだ」「内心では、もう後悔してるな」――そういう、文字には起こされない機微が、朗読では声色に乗る。
コミュ障の核心は、たぶん「わかっているのに」のところにある。鈍いんじゃない。むしろ過敏で、ちゃんとわかっている。その”わかっているのに、やってしまう”という矛盾は、説明された文章よりも、声のかすかな揺れで表現されたほうが、ずっと近くに感じられると思う。
謎解きは天下一品、でも残ったのは”人”だった
もちろん、メディカルミステリーとしての切れ味は、天下一品だ。「その症状に、そんな裏が」と、何度もうならされる。そこは安心して身を委ねていい。ただ、面白いからこそ、中身はここには書かない。初めて聴く人の「えっ」を、奪いたくないからだ。
この作品の中心にあるのは、トリックの鮮やかさではなく、天久鷹央という、不器用なひとりの人だと思う。言わなくていいことを言ってしまって、後悔して、人を避けて。それでも、好きなものの前ではまっすぐで。――そんな彼女に、自分を重ねる人は多いのではないか。
もし、人付き合いが少し苦手だなと感じている人がいたら。この本の鷹央に、会ってみてほしい。きっと、どこかで「あ、自分と同じだ」と思う瞬間がある。そしてそれは、声で聴いたほうが、ずっと近くに来てくれる。
ここまで読んでくれた、あなたへ。
不器用な誰かに自分を見つけると、本は、ぐっと近くなります。その入り口です。
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