震度0

MIMIBUNKO

「震度0」オーディブル版 ― 作り笑いの下にあるものを、ずっと聴いていた

2026.08.11

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今朝、感情労働という言葉を覚えた

今朝、感情労働について学んでいた。ホックシールドという人の話。人が仕事で感情を使うとき、そこには二種類あるらしい。表層演技と、深層演技。

表層演技は、作り笑い。中身は動かさないで、顔だけ動かす。深層演技は、本当にそう感じようとするほうだ。för面白いことに、燃え尽きるのは前者なのだという。顔だけ動かし続けた人が、先に壊れる。

接客の話として読んでいた。旅館とか、店とか、そういう現場の話として。でも読み終わったあと、頭に浮かんだのは接客業ではなかった。県警の幹部たちだった。「震度0」の、あの人たちだ。

阪神大震災の朝、七百キロ離れた場所で

一九九五年一月十七日。神戸が壊れたその朝、七百キロ離れたN県警で、警務課長の不破義仁が消える。人望のある筆頭課長。理由がわからない。

テレビは震災を流し続けている。日本中がそっちを見ている。その裏側で、県警本部の幹部たちが集まって、失踪した男をどうするかを話し合う。

話し合う、と書いたけれど。あれは話し合いではない。ほとんどが、腹の探り合いだ。誰が知っていて、誰が隠していて、誰の傷になるのか。自分の椅子はどうなるのか。ページのほとんどが、部屋の中の会話でできている。それなのに、ずっと息が詰まっている。

会議室の空気ごと、耳に入ってくる小説です。
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顔をつくる仕事

この小説に出てくる幹部たちは、全員が表層演技をしている。心配している顔。怒っている顔。冷静な顔。中身は別のところにあって、顔だけが動く。

そして全員、少しずつ壊れかけている。今朝学んだことが、そのまま目の前で起きていた。顔だけ動かし続けた人は、先に壊れる。

でも読んでいて(聴いていて)、彼らを軽蔑する気持ちにはならなかった。むしろ、わかると思ってしまった。会社にいたことのある人なら、たぶん誰でも一度は、あの部屋の空気を吸ったことがある。本音を言えない部屋。言った瞬間に負ける部屋。そこで顔をつくることは、卑怯なのだろうか。私はよくわからない。ただ、あそこにいる人たちが必死なのは、わかる。

声だと、隠しきれない

この本を音で聴いてよかったのは、そこだった。ナレーターは吉田健太郎さん。

文字だと「彼は落ち着いた声で言った」と書いてある。それを読む。落ち着いているんだな、と思う。でも音だと、落ち着いた声を出そうとしている人の音が、そのまま入ってくる。整えた声には、整えた痕跡が残る。ほんの少し語尾が硬い。息を吸う場所が早い。それが聞こえる。

つまり、表層演技が、演技のまま耳に届く。これは文字ではなかなか起きないことだと思う。台詞の建前と、その下の本音が、同時に鳴っている。誰が何を隠しているかは最後まで伏せられているのに、隠しているという事実だけは、声が先に漏らしてしまう。それが怖くて、面白くて、止められなかった。

聴き終えて残ったこと

派手な事件は起きない。爆発もしないし、追跡もない。ただ、椅子を守ろうとする大人たちが、会議室で延々と言葉を選び続ける。それだけの話だ。それだけの話が、こんなに苦しい。

聴き終えたあと、しばらく黙っていた。自分が今日、何回顔をつくったかを数えかけて、やめた。数えても仕方ない。

ただ一つだけ思ったのは、今朝の話の続きだ。表層演技は人を削る。深層演技は、少しだけ削る量が減る。だとしたら、救いは「なぜこの人に、そうしたいのか」を自分の中に持てるかどうか、なんだろう。この小説の人たちは、それをほとんど持っていない。持っているのが誰なのか。どこで折れるのか。そこは、聴く人の楽しみに残しておきます。


ここまで読んでくれた、あなたへ。
その物語の、入り口です。

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