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今朝、自分の決定を守ろうとする心の話を読んでいた
エスカレーション・オブ・コミットメント。今朝学んだ言葉だ。一度自分で決めたことほど、失敗の兆しが出ても認知を歪めてまで続けようとする。もったいないから続けるんじゃない。自分の判断が正しかったと証明したいから続ける。
対策として一番効くのは、評価の物差しを先に決めておくこと、とあった。読みながら、へえ、と思った。そのあとで、ちょっと黙った。
物差し。自分の仕事に、物差しあったっけ。頑張った、時間かけた、丁寧にやった。それ、全部こっち側の言葉だ。そういえば、この本のことを思い出した。ずっと聴きかけで止めていた一冊。田尻望さんの「付加価値のつくりかた」。
キーエンス出身の人が、価値の話を最初からやり直す
著者はキーエンスにいた人だ。営業利益率が異常に高いことで知られる会社。でもこの本、テクニックの本ではなかった。もっと手前だった。そもそも付加価値とは何か、という定義から始まる。
価値には三つある、という整理が出てくる。置き換え価値、リスク回避価値、感動価値。言葉だけ聞くとビジネス書っぽい分類に見えるけれど、聴いていると順番に効いてくる。自分がやっている仕事が、そのどれにも当てはまらないことがある。当てはまらないなら、それは価値ではない。ただの作業だ。
一番こたえたのは、価値を決めるのは提供する側ではない、という一行だった。作った側がどれだけ手をかけても、受け取る側が困っていなければ、それは価値ではない。文章にすると当たり前に見える。でも、これを自分の仕事に当てはめると、かなり痛い。
頑張りは、物差しじゃない
今朝の話とつながった。自分の決定を守ろうとする心には、曖昧な評価がいちばんの燃料になる。曖昧だから、いくらでも「うまくいっている」と読める。そして曖昧さを作っているのは、たいてい「頑張った」という自己評価だ。
この本は、その曖昧さを全部はがしにくる。誰の、どんな困りごとを、いくら分減らしたのか。そこまで言えて初めて価値だ、と。減らした金額まで言え、というくだりがある。厳しい。でも、厳しいのは著者じゃない。ずっとそこにあった現実のほうだ。
私はこれまで、自分の労力を価値だと思っていた節がある。時間をかけた分だけ、何かを渡せているつもりでいた。渡せていなかったかもしれない。渡していたのは、渡したという自分の実感だけだったかもしれない。そう思ったら、しばらく手が止まった。
耳で聴くと、逃げ場がない
この本を紙で読んでいたら、たぶん痛いところは飛ばしていた。目は都合よく滑る。自分に効きすぎる段落は、読んだふりをして通過できる。
耳はそれができない。ナレーターの声は、こちらの都合で速くならない。「価値を決めるのはお客様です」という一文が、こちらが受け止める準備をする前に、もう耳に入ってくる。入ってきてから、遅れて意味が届く。この時間差が、けっこうしんどい。しんどいけど、これが効く。
三人のナレーターが分担している構成なのも、途中で気づいた。声が変わると、頭の中の姿勢も少し変わる。事例のパートと、原則のパートで、聴いている自分の温度が違う。ずっと同じ声だったら、たぶんどこかで意識が切れていた。そこは、耳で聴く本としてよくできているなと思った。
聴き終えて、明日の仕事の前に置いておくもの
聴き終えて、すごくやる気が出た、という感じではなかった。むしろ静かだった。夜中に、机の上を一回片付けたくなる感じに近い。
残ったのは、たった一つの問いだ。これは誰の何を減らすのか。明日やろうとしている仕事に、それを先に聞く。答えられなければ、たぶんそれは、自分の判断を守るためにやっている作業だ。今朝学んだあの話と、この本は、まったく別のところから同じ場所を指していた。偶然にしては、できすぎている。
仕事が空回りしている気がする夜に、この本は向いている。慰めてはくれない。代わりに、物差しを一本くれる。自分の頑張りを測るための物差しじゃない。相手に届いたかを測るための物差しだ。持っていると、少し楽になる。何を頑張らなくていいかが、はっきりするから。