ラブカは静かに弓を持つ

MIMIBUNKO

「ラブカは静かに弓を持つ」オーディブル版 ― 嘘をつきながら、音だけは本当だった

2026.09.23

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言い訳の質が高いほど、直っていない

今朝、認知的不協和のことを読んでいた。フェスティンガー、1957年。矛盾した二つの気持ちを抱えると、人は居心地が悪くなる。その居心地の悪さを、行動を変えるかわりに「言い訳」で埋めてしまう。そういう癖の話。

一行、引っかかった。言い訳の質が高いほど、実は直っていない。うまい理屈が立つほど、その下で何かがずっと矛盾したまま残っている。

読みながら、ある男の顔が浮かんだ。いや、顔じゃない。声だ。少し前に聴いた、チェロを抱えた男の声。任務だから。仕事だから。そう自分に言い聞かせながら、毎週レッスンに通っていた男。

潜入先は、音楽教室

主人公の橘は、音楽の著作権を管理する団体の職員。上司から命じられたのは、大手の音楽教室に生徒として潜り込み、著作権をめぐる証拠を集めること。武器はチェロ。子どもの頃に弾いていた楽器だ。

彼は眠れない人だ。暗い深海の夢を見る。過去に何かを抱えていて、それをずっと人に言わずに生きてきた。人と深く関わらない。関わらなければ、傷つかないから。

そこで出会うのが、講師の浅葉。明るくて、少し不器用で、教えることが本当に好きな人。橘は、証拠を集めるために通っている。録音機を忍ばせて。なのに、弓を持つたびに、何かがほどけていく。この先どう転ぶかは、聴く人の楽しみに取っておく。

弓が弦に触れる、あの一瞬の手前の静けさを、耳で。
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二つの本当を、同時に持つ

橘の中には、ずっと二つある。自分はスパイだ、という事実。そして、この時間が好きだ、という気持ち。どちらも嘘じゃない。だから苦しい。

彼も言い訳をする。これは仕事だ。深入りはしない。証拠を取ったら終わり。理屈はちゃんと立っている。立っているのに、レッスンの帰り道、足取りが軽い。今朝読んだ一行が、ここでそのまま鳴った。言い訳の質が高いほど、直っていない。

でも、この本がやさしいのは、その矛盾を裁かないところだと思う。嘘をついている人間にも、本当に心が動く瞬間がある。騙している相手に、救われてしまうことがある。それを、汚いとも、きれいとも言わない。ただ、そういうことが起きる、と置いてくれる。仕事で自分を少しずつ削っている人ほど、たぶん、刺さる。役割のために言い訳を重ねてきた人ほど。

九人の声と、一本の弦

ナレーターの欄に、九人の名前が並んでいる。オーディオドラマに近い作りだ。最初は少し構えた。一人の朗読に慣れていると、声が切り替わるたびに気が散るかもしれない、と。

杞憂だった。橘の声は、低くて、抑えていて、感情を喉の奥で止めている。浅葉の声は、開いている。そのあいだに、教室の仲間たちの声がある。声の温度差が、そのまま橘と世界の距離になっていた。

そして、ある場面。橘が、何年も閉じていたものを、少しだけこぼす。台詞の前に、息がある。短い息。言うか、言わないか、迷った分だけの長さ。紙の上なら読み飛ばしていたと思う。耳だから、止まった。止まって、そのまま動けなかった。あの一瞬の息は、どんな地の文より多くを言っていた。言い訳じゃない、本当の音だった。弦に弓が触れる直前の、あの静けさと同じだった。

聴き終えて、残ったもの

ラブカは深海に棲むサメの名前だ。暗いところで、静かに生きている。タイトルの意味は、聴いていくうちに少しずつ分かってくる。

聴き終えて、しばらく何も再生しなかった。言い訳のことを考えていた。自分にもある。うまく理屈を立てて、居心地の悪さを埋めているところ。直すのは、たぶん難しい。でも、せめて気づいていたい。

眠れない夜に向いている、と思う。眠らせてくれる本じゃない。眠れない誰かが、ちゃんと朝までたどり着く話だから。


ここまで読んでくれた、あなたへ。
その物語の、入り口です。

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