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知らないことを知らない、という話から
今朝、ダニング=クルーガー効果のことを読んでいた。
能力が低いほど、自分を高く見積もりやすい。ざっくり言えば、そういう話。もう少し正確には、自分が何を知らないかを知るためにも、ある程度の知識がいる、ということらしい。ただ、学習ノートは機械の下書きで、細かい数字までは裏が取れていない。だから「そういう話だった」くらいにしておく。
読みながら、ふと思った。逆の人はいないか。自分の知らないことを、驚くほど正確に把握している人。
いた。シャーロック・ホームズだ。この本の、最初の頁あたりに。
「緋色の研究」という最初の一冊
ホームズが初めて世に出た長編。聴いたのは、駒月雅子さんの訳のオーディブル版。
舞台はロンドン。軍医としてアフガニスタンから戻ったワトソンが、同居人を探していて、ホームズと出会う。初対面で「アフガニスタンに行っていましたね」と言い当てられる、あの場面だ。有名すぎて、知っているつもりでいた。
でも、聴くと違う。知っているのは場面の名前だけで、そこへ至る空気を知らなかった。同居の話をしながら、二人が少しずつ相手を測っていく。その間が、耳には丁寧に入ってくる。
ロンドンの空き家で、男の死体が見つかる。壁には血で書かれた文字。事件のあらましはここまでにしておく。どう繋がるのかは、聴く人の楽しみだ。
ワトソンが書き出した、ホームズの「できないこと」
この本で、いちばん好きな場面がある。事件ではない。同居を始めたワトソンが、ホームズについて分かったことを、紙に書き出すところ。
文学の知識、ほぼなし。哲学、なし。天文学、なし。そして、地球が太陽のまわりを回っていることさえ知らない。しかも本人は、それを知らなくても何の不都合もない、と言う。
ホームズの考えでは、人の頭は小さな屋根裏部屋のようなもの。何でも詰め込めば、肝心の道具が取り出せなくなる。だから、仕事に要るものだけを入れる。化学には深い。解剖学も正確。バイオリンも弾く。穴だらけなのに、穴の位置を、本人が全部知っている。
ここで、朝の話に戻る。
知らないことが多いのは、弱さじゃない。自分が何を知らないか、分かっていないほうが危ない。ホームズは、持っていないものの輪郭が見えている。だから迷わない。
声で聴くと、推理は会話になる
読書だと、推理の場面は文字を目で追う。聴くと、これが会話になる。
ナレーターは新川麗さん。ホームズが理屈を重ねる時の、速さと間。ワトソンが「どうして分かるんです」と返す時の、少し置いていかれた声。一人で全員を演じているのに、二人の距離が音で分かる。
古典は硬い、と身構えていた。身構えなくてよかった。通勤でも、洗い物の間でも、耳に入ってくる。ひとりで部屋にいる時間に、誰かが隣で話してくれている感じがある。
長い説明の場面も、声だと流れていく。数ページ分の理屈を、気づけば聞き終えている。目だと途中で止まりそうなところを、耳は止まらない。
聴き終えて残ったのは、屋根裏部屋の片づけ
謎解きの面白さは、もちろんある。でも、残ったのは別のものだった。
自分の屋根裏には、何が入っているだろう。要らないものが、どれくらい。持っていないものを、ちゃんと持っていないと言えるか。
全部を知らなくていい。知らないことを、知っていればいい。それだけで、明日の迷い方が少し変わる気がする。
ホームズの最初の事件は、百年以上前に書かれた話だ。それでも、今朝の学びとちゃんと繋がった。古い本は、古いだけじゃない。聴いてみて、そう思った。