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誰が、何を覚えているか
今朝、交流的記憶システムという理論を学んでいた。1987年に、ウェグナーという心理学者が出したもの。人が集まると、覚えることを自然に分け合うようになる。これはあの人が覚えている、あれは自分の担当、というふうに。
肝心なのはここから。この分担が集団の力になるのは、お互いの担当を正確に知っているときだけ、らしい。相手が何を覚えているのか分からない。あるいは、覚えていると思い込んでいる。そうなると、ひとりで覚えるより危うくなる。最近の研究では、この考え方をAIとの関係にも広げていて、相手が何を知っているのか見えないことが一番のリスクだと言われている。
ノートを閉じた。頭に浮かんだのは、ベイカー街の二人だった。
語り手は、ずっとワトスン
「シャーロック・ホームズの回想」は、ホームズものの第2短編集。ほとんどの話はワトスンが語る。事件を見たのはワトスンで、書き残したのもワトスン。私たちがホームズを知っているのは、全部ワトスンの記録を通してだ。
この巻には少し変わった話も入っている。ワトスンと出会う前の昔の事件を、ホームズ本人がワトスンに話して聞かせる話。ホームズより観察力が上だという兄、マイクロフトが初めて出てくる話もある。そして最後に、モリアーティ教授との対決を描いた「最後の事件」。どう転ぶかは、聴く人の楽しみに取っておく。
一話ずつ短い。区切りがいい。夜に一本聴いて止める。それがちょうどよかった。
名探偵にも、預け先がいる
ホームズは何でも知っている人だと思っていた。でも聴いていると、そうでもない。自分の頭の中に全部しまっておくわけではない。昔の事件の話はワトスンに渡す。記録はワトスンにまかせる。ワトスンのほうも、自分はホームズのようには推理できないと分かっている。二人とも、相手の担当をきちんと知っている。今朝学んだ、うまく回っている分担そのものだった。
この巻に、ホームズがワトスンにひとつ頼みごとをする場面がある。自分がうぬぼれそうになったら、ひとこと耳打ちしてくれ、と。あの名探偵が、自分の慢心を覚えておく役をワトスンに預けた。自分では気づけないと分かっているから、気づける人に預ける。
ここでしばらく再生を止めた。覚えていられないことを、恥じない。見えないところを、見える人にまかせる。まかせた相手を、ちゃんと信じる。天才だから一人で立っているのではなかった。一人で立たないと決めていたから、あの頭が自由に動けたのかもしれない。何度も巻き戻して、同じところを聴いた。
ひとつの声が、ふたりを運んでくる
耳で聴くと、しくみがよく分かる。聴こえてくるのは、語り手ワトスンの声。ホームズの台詞も、その声に乗って届く。つまり、ワトスンが覚えていたホームズを聴いていることになる。紙で読んでいたときは、そこまで考えたことがなかった。
推理を明かす前の、ほんの少しの間。依頼人が話し終えて、部屋が静かになるところ。字で読むと目が先へ進んでしまう。声だと、その間を一緒に待つしかない。待っているあいだ、こちらもワトスンと同じ椅子に座っている気分になる。
部屋を暗くして聴いた。ロンドンの霧は見えない。それでも、ちょうどいい距離の物語だった。
全部を覚えていなくていい
聴き終えて、少し肩の力が抜けた。全部を自分の頭に入れておく必要はない。どこにしまってあるか、誰が持っているかを分かっていればいい。ホームズとワトスンは、百年以上前からそうやって事件を解いていた。
ただし、預けっぱなしにはしない。相手が何を持っているか、正確に知っておく。今朝の理論と、この古い短編集が、同じことを言っていた気がする。
最後の一話のあと、ワトスンの声がしばらく耳に残った。書き残した人がいたから、この話は今も聴ける。それだけで、今夜はもう十分だった。