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今朝、だまされる仕組みを学んでいた
今朝、幻の真実効果というものを学んでいた。同じ言葉を二度見せられるだけで、人は「たぶん本当だろう」と感じてしまうらしい。厄介なのは、そこから先だ。「これはただの繰り返しだ」と頭で分かっていても、その感覚は止められない。知っていても、だまされる。
だまされると分かっていて、それでも気持ちよくだまされる本がある。ひとつ挙げるなら、『葉桜の季節に君を想うということ』だ。ミステリーなのに、主眼が謎解きよりも、人の思い込みのほうにある本だと思う。
素人探偵と、霊感商法の話から始まる
主人公は、なんでも屋のような素人探偵。持ち込まれるのは、霊感商法にひっかかった、という相談。老人を食い物にする、質の悪い商売。そこへ、ずるずると首を突っ込んでいく。
話が進むと、探偵の日常が並んで流れ出す。若い女性との出会い。恋、と呼んでいいのかどうか、そんな時間。事件と、その人生と。派手じゃない。むしろ地味だ。日常の手ざわりが、延々と続く。この地味さが、あとで効いてくる。
どう転がるかは、聴く人の楽しみに置いておく。
だまされるのは、探偵だけじゃない
この本の芯は、人が人をどう見ているか、だと思う。思い込み。決めつけ。私たちは、目の前のわずかな情報から、勝手に一枚の絵を描く。しかも、その絵をほとんど疑わない。
今朝の学びと、まっすぐつながった。一度そう思い込むと、あとから来る材料まで、その色に染めて聞いてしまう。この本は、それを物語の仕掛けそのものにしている。頭で分かっていても、やられる。
人を想う、ということの手ざわりが、最後にちゃんと残る。ここが、この本のいちばん良いところだ。
声で聴くと、もっと深くだまされる
ナレーターは鈴木裕斗さん。日常を描く物語だ。
朗読で聴く形式では、文字より「思い込み」に気づきにくい面がある。目で追えば立ち止まれる一文も、声はそのまま流れていく。その分、この作品の仕掛けにはまりやすい形式だと考えられる。
声で聴くほうが、仕掛けの効く本かもしれない。
結末を知ってから、思い返したくなる仕掛け
結末を知ってから、最初のあの言葉を思い返すと、別の意味に見えてくる。そういう聴き直しがいのある仕掛けの本だと思う。
校閲の仕事もしている私は、いつも「前に見た数字だから正しい、で確認を省くな」と自分に言い聞かせている。今朝の学びも、そのための戒めだった。なのに、この本は、その戒めが効かなくなる仕掛けを持っている。人は、だまされたい生き物なのかもしれない。少なくとも、優しい嘘には。