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今朝、私は「戻りたくなる心」の話を読んでいた
未完了のことは記憶に残りやすい。ツァイガルニク効果、という名前でよく語られるやつ。ところがそれ、最近のメタ分析でほぼ否定されたらしい。「覚えている」という効き目は消えていた。今朝、そういう話を読んでいた。少し、拍子抜けした。信じていた通説が、静かに畳まれていく感じ。
でも、そこには続きがあった。「記憶に残す」効果は消えても、「中断した作業に戻りたくなる」ほうは、しぶとく残っている。オフシアンキナ効果、というそうだ。覚えているから戻るんじゃない。途中で切られると、手が勝手に戻ろうとする。方向がちがう。記憶じゃなくて、行動の話。
読み終えて、ふと思った。あれだ、と。夜中、もう寝ようとイヤホンを外しかけて、それでも指がもう一度、再生に伸びる。あの感覚。私はこの一冊で、まさにそれをやった。「屍人荘の殺人」。止め時を、何度も見失った本。
夏合宿のはずだった
神紅大学ミステリ愛好会の葉村と、会長の明智。そこに、探偵少女の剣崎比留子が加わる。三人が向かうのは、いわくつきの映画研究会の夏合宿。ペンション紫湛荘。名前からして、もう少し不穏だ。
はじめは、普通の合宿のはずだった。学生たちの、少しにぎやかな夏。だれかが調子に乗って、だれかが困った顔をして。青春の匂いがちゃんとある。私は、そのゆるさが好きだった。この人たちと、しばらく一緒にいられるな、と思った。
けれど、そうはいかない。ある出来事をきっかけに、この山荘は外の世界から切り離される。逃げられない場所で、事件が起きる。閉じ込められた人間たちと、探偵と。ここから先は、聴く人の楽しみに取っておく。ただ、この本の「なぜ閉じ込められるのか」が、ちょっと他では見ない設定だとだけ言っておく。そこが、この作品の顔だ。
止まらなくなる本は、耳で聴くとなお止まらない。この夜ふけの感覚を、あなたにも。
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止まらないのに、雑じゃない
ページをめくる手が止まらない、という言い方がある。この本は、その通りだった。次、次、と引っぱられる。でも、引っぱるだけの本じゃない。
謎の出し方が、ずるくない。手がかりは、ちゃんと目の前に置かれている。隠されているのに、隠されていない。だから読者は、探偵と同じ地面に立って考えられる。私も途中で立ち止まって、何度も戻ろうとした。あの場面、なんて言ってたっけ、と。まさに、朝読んだあの「戻りたくなる心」。作者の手のひらの上で、私はずっと戻らされていた。
そして、若い探偵たちの頭のよさが、気持ちいい。難しい理屈をこねているのに、鼻につかない。むしろ、隣で一緒に考えている友だちみたいだ。事件は重い。でも、彼らのやりとりが、ちゃんと救ってくれる。この二重の温度が、この本の芯だと思う。
声で聴くと、山荘の空気ごと来る
オーディブルで聴いてよかった、と一番思ったのは、あの「閉じ込められた」感覚のところ。文字だと、読み飛ばせる。でも声は、飛ばせない。ナレーターの浅井晴美さんが、一言ずつ、その場の空気を運んでくる。逃げ場のなさが、耳から来る。
学生たちの掛け合いも、声だと生きる。誰がどんな調子でしゃべっているか、間の取り方ひとつで伝わる。ふざけている子と、冷めている子。声が分かれると、人が立ち上がる。私は台所で洗い物をしながら聴いていて、手が止まった。今の一言、聞き逃せない、と。
そして、緊張が高まる場面での、あの静かさ。声がすっと低くなる瞬間。文字にはない「間」が、そこにある。息を、こちらも止めてしまう。ミステリを声で聴くと、謎を解く時間まで、体で共有させられる。これは、目で読むのとは別の体験だった。
聴き終えて、残ったもの
全部聴き終えて、イヤホンを外した。しばらく、動けなかった。派手な仕掛けにやられた、というのもある。でも、それだけじゃない。
残ったのは、あの若い人たちのことだった。極限の場所で、それでも考えることをやめなかった人たち。逃げずに、目の前の謎に向き合った人たち。私はきっと、その姿にちょっと救われたんだと思う。手を動かし続ける、というだけのことに。
今朝の学びが、夜にひとつの本と結ばれた。「戻りたくなる」のは、記憶のせいじゃない。手が、心が、途中を放っておけないから。この本は、私の手を最後まで戻し続けた。そして戻りきった先に、ちゃんと満足のいく解決が待っていた。眠れない夜に、逃げ場のない山荘へ。声で閉じ込められに行くのも、悪くない。