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読みやすい文章は、正しく見えるらしい
今朝、処理流暢性、というものを学んでいた。読みやすい文章は、それだけで「正しそう」に見えてしまう、という脳の癖のこと。同じ内容でも、すっと読める方を、人は真実だと感じる。中身じゃなくて、読み心地に、だまされる。
へえ、と思いながら、ふと、直す人のことを考えた。文章の、小さな乱れを直す仕事。誤字、抜け、ほんの少しの引っかかり。それを一つずつ拾って、読み心地を整えていく人。校正、という仕事だ。
そういえば、と思い出した。この本の主人公が、それをやっている。入江冬子。誰もいない部屋で、ひとり、他人の書いた言葉の乱れを、静かに直しつづける女の人。今朝の学びと、この本が、真夜中でつながった気がした。
うまく、話せない人の話
冬子は、人と言葉を交わすのが、うまくない。飲み会でうまく笑えない。相づちの間が、ずれる。自分のことを話すのに、自信がもてない。読んでいて、ああ、と声が出そうになった。わかる、とは軽々しく言えないけれど、この息のつまり方を、私は知っている。
そんな冬子が、三束さん、という人に出会う。年上の、物理を教えている人。ふたりは、光の話をする。なぜ空は青いのか、みたいな、どうでもよくて、でも、どうでもよくない話。冬子の世界に、ほんの少し、隙間ができていく。
劇的なことは、起きない。誰かが救ってくれるわけでもない。ただ、真夜中の街を歩いて、光を見て、また部屋に帰る。それだけの日々が、なぜか、ずっと胸に残る。どこへ向かうのかは、聴く人の楽しみに、とっておきたい。
誰もいない部屋で、声だけが灯る。その感じを、一度確かめてみてほしい。
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整えられない自分と、整える仕事と
この本の芯は、たぶん、ここにある。冬子は、他人の文章の乱れは、直せる。誤字を拾って、きれいに整えられる。でも、自分の心の乱れは、整えられない。うまく話せない。うまく生きられない。この、ねじれ。
仕事では、誰よりも正確でいられる。なのに、自分のこととなると、何ひとつ思うようにいかない。その落差を、川上未映子は、責めない。ダメだと言わない。ただ、そこにいる冬子を、そのまま見ている。
擦り減った夜に、この距離感が、効く。がんばれ、とは言われない。変われ、とも言われない。「うまくやれない自分」のまま、真夜中に立っていていい、と、この本は言ってくれている気がする。
声で聴くと、間が、こわいくらい効く
ナレーターは、小林さやかさん。この本を、声で聴くと、文字で読むのとは、まるで違うものになる。冬子の言葉は、もともと、とぎれとぎれだ。言いよどむ。黙る。その沈黙が、声になると、本当の間になる。
うまく話せない、という冬子の感じを、声が、そのまま連れてくる。次の言葉が出るまでの、ほんの一拍。その一拍に、冬子の全部がある。目で読むと飛ばしてしまう空白を、耳は、飛ばせない。ちゃんと、間を、生きさせられる。
誰もいない部屋で、これを聴く。冬子が、誰もいない部屋で校正をしているのと、同じ格好で。すると、どこまでが本の中で、どこからが自分の部屋なのか、少し、わからなくなる。真夜中の、いい迷子。
聴き終えて、部屋に残ったもの
聴き終えて、しばらく、動けなかった。何かが解決したわけじゃない。冬子が劇的に変わったわけでもない。でも、部屋の空気が、ほんの少し、やわらかくなっていた。
うまく話せなくていい。うまく生きられなくていい。ただ、真夜中の光を、きれいだと思える心が、まだ自分の中に残っているなら、それで、たぶん大丈夫。そういう、静かな許しみたいなものが、耳の奥に残った。
眠れない夜が、あるなら。ひとりの部屋が、静かすぎるなら。この声を、そっと灯してみてほしい。真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろう、と、冬子と一緒に、思える夜になるかもしれない。