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実際より良く見せてはいけない、という決まり
今朝、景品表示法の有利誤認表示を学んでいた。商品やサービスの内容、取引の条件を、実際よりも著しく良く見せる表示。それは規制の対象になる。
読みながら、ふっと変なところに考えが行った。商品には、法律が「実際より良く見せるな」と言ってくれる。じゃあ人間は。誰も止めない。みんな少しずつ、よく見せて暮らしている。私もたぶん、そう。
そこで、この本を思い出した。逸木裕「五つの季節に探偵は」。人の本性を暴かずにはいられない私立探偵の話。
みどりという探偵
主人公は、私立探偵のみどり。紹介文にはこうある。「人の本性を暴かずにはいられない」。
仕事だから暴く、ではない。暴かずにはいられない。この言い方が、ずっと耳に残っている。才能というより、性分。やめたくてもやめられないもの、に聞こえた。
形は連作短編集。みどりはいくつもの事件と対峙していく。第75回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞した作品で、紹介には「精緻でビターなミステリ」とある。どんな事件で、どこへ着地するのか。それは聴く人の楽しみにとっておく。
暴く側にも、暴かれる側にも
聴きながら、何度か自分の側に話が戻ってきた。
本性を知りたい、という気持ち。正直、ある。あの人は本当はどうなんだろう、と。でも同じだけ、自分の本性は見られたくない。見せ方を整えて、少し良く見せている。朝に学んだ有利誤認の話と、変なところでつながってしまった。
この本は、暴くことを気持ちよく描いてはいない。ビター、という言葉の通りだと思う。知ってしまったあとに残るもの。知らないままのほうがよかったかもしれないもの。そこに、みどりの性分が重なる。
知りたい。でも、知ったら戻れない。この二つが同じ人の中にある。それがこの物語の、いちばん人間くさいところだと感じた。
耳で受け取る、一話ぶんの重さ
ナレーターは水谷麻鈴。一人の声で、全部を聴く。
ミステリは、種明かしの瞬間が耳に来ると違う。文字なら目が先に答えへ飛んでしまうところを、声は飛ばせない。一語ずつ、順番に、時間をかけて届く。その遅さが、緊張になる。
短編の連作だから、一話ごとに区切りがある。通勤の途中でも、夜の家事のあいだでも、一話で一息つける。区切りで止めて、少し考える。その余白がちょうどよかった。
聴き終えて残ったもの
すっきりした、とは言えない。それが正直なところ。ビターな味が、ちゃんと舌に残っている。
でも、悪い残り方じゃない。人を見る目が、ほんの少しだけ変わる。それと、自分の見せ方についても。実際より良く見せていないか。見せないでいられる場所が、どこかにあるか。
法律は商品の表示を見張ってくれる。人間のほうは、自分で見張るしかない。そんなことを考えさせてくれる一冊だった。ひとりで、静かに聴くのに向いている。