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初期設定のまま、生きている
今朝、デフォルト効果を学んでいた。初期設定が、人の選択に影響するという話。最初から置いてある選択肢を、人はそのまま選びやすい。変える理由がなければ、変えない。面倒だから。
なるほどな、と思った。そして、すぐ別のことが浮かんだ。事件の「最初の答え」も同じじゃないか。最初に出てきた説明は、そのまま居座る。居座られると、別の見方がしにくくなる。
そういえば、この本がある。貫井徳郎「プリズム」。
ひとつの死、いくつもの推理
小学校の女性教師が、自宅で死体となって発見される。ここから始まる。
謎が謎を呼び、推理が推理を呼ぶ。多重解決ミステリ、と呼ばれる形だ。ひとつの事件に、いくつもの推理が重なっていく。誰かが答えを出す。それらしい。納得する。ところが、そこにまた別の見方が差し込まれる。
どれが本当なのか。どう繋がるのか。そこは書かない。聴く人の楽しみにしておく。
光は、当て方で色が変わる
タイトルは「プリズム」。一本の光が、角度で別の色に分かれる。
読んでいて、じゃなくて聴いていて、そのタイトルがじわじわ効いてきた。同じ出来事でも、見る人の立ち位置で、見える色がちがう。ひとつの説明がそれらしいほど、私はそこで安心してしまう。もう、いいか、と。
それが初期設定だ。最初に差し出された答えを、そのまま受け取る。変える理由がないから。変えるのは面倒だから。でも、この本は、その安心を何度も揺らす。揺らす。また揺らす。納得した、その直後に、足元がぐらつく。ぐらつくたびに、自分の初期設定が見える。ああ、私はいま、最初の答えに乗っていた。そう気づく。何度も、気づかされる。それが、気持ちいい。
耳は、戻れない
紙の本なら、前のページに戻れる。確かめられる。でも、耳は流れる。声は先へ進む。
だから、聴いていると、ひとつめの推理に素直に乗せられる。乗せられたまま、次へ運ばれる。戻れないぶん、自分がどれだけ素直に信じていたかが、あとから分かる。これは耳ならではだと思った。
ナレーションは櫻井トオルさん。淡々と進む語りの中で、推理が切り替わる境目に、耳が勝手に集中する。何が変わった、いまのはどこだ、と。画面も紙もないから、頼りは声だけ。その細さが、ちょうどいい緊張になる。
聴き終えて、持ち帰ったもの
謎の答えを持ち帰ったというより、問いを持ち帰った。いま自分が信じている「最初の答え」は、本当にそうなのか。
人に対しても、仕事に対しても、自分自身に対しても。第一印象。最初の説明。最初から決まっていた設定。変えなくていい理由があるから変えていないのか、ただ面倒なだけなのか。
眠れない夜に、ひとりで聴くのに向いている。聴き終わると、少しだけ世界の見え方が揺れている。明日、いつもの道を歩くとき、ほんの少しだけ角度を変えて見てみようと思う。