傲慢と善良

MIMIBUNKO

「傲慢と善良」オーディブル版 ― 自分のことだけは、よく見えていない

2026.07.23

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うまくいったのは自分、しくじったのは誰かのせい

今朝、心理の話をひとつ学んでいた。自己奉仕バイアス、というやつ。うまくいったことは「自分の実力」、しくじったことは「運が悪かった」「あの人のせい」。人間はそう考える癖を、みんな持っているらしい。意志が弱いからじゃない。脳の作りとして、そうなっている。

読みながら、うっ、と思った。心当たりしかない。自分の判断が当たった時は覚えている。外した時は、いつのまにか事情のせいにして忘れている。自分のことだけ、都合よく見えていない。

そういう目で、この本を思い出した。辻村深月『傲慢と善良』。タイトルからして、もう、こっちの弱いところを名指ししてくる。

婚約者が、消えた

西澤架の婚約者、坂庭真実が、ある日いなくなる。ストーカーに怯えていた彼女が、姿を消した。架は彼女を探す。ただ探すだけじゃない。彼女がどんな人生を歩いてきたのか、その「過去」を、たどっていくことになる。

婚活。親。田舎。逃げ場のなさ。真実がくぐってきた場所を、架は一つずつ知っていく。知りながら、気づいていく。自分が、彼女のことをほとんど見ていなかったことに。優しく守っていたつもりで、たぶん、見ていなかった。

ミステリの顔をしている。人はなぜ消えたのか、という謎が引っぱっていく。でも読み終えると、これは謎解きの本というより、人を「わかったつもりになる」ことについての本だった。結末は伏せておく。どう着地するかは、聴く人の楽しみだから。

自分の中の傲慢と善良を、声で確かめてみたくなったら。
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傲慢な人と、善良な人

この本の中で、傲慢というのは、自分の物差しで相手を値踏みしてしまうこと。無意識に。悪気なく。「この人は、これくらいの人」と、勝手に採点している。朝に学んだ自己奉仕バイアスと、地続きだと思った。自分だけは正しく見えている、という錯覚。

善良というのも、この本では手放しの美点じゃない。人に言われた通り、いい子のまま、自分で選んでこなかった。他人の物差しを、そのまま自分の物差しにしてしまった人。傲慢と善良は、正反対のようでいて、どちらも「自分の目で相手と自分を見ていない」という一点で、つながっている。

怖かったのは、登場人物の誰かを笑えなかったこと。傲慢な側にも、善良な側にも、自分がいた。人を選ぶ場面で、いつのまにか点数をつけている自分。誰かの期待に、なんとなく合わせてきた自分。ページの向こうから、そっと肩を叩かれる感じ。

声で聴くと、逃げ場がなくなる

これはナレーションで聴いた。雨宮天さんと松岡禎丞さんの声。真実の声と、架の声。文字で読むと、痛いところは目が滑って飛ばせる。声だと、飛ばせない。相手の声の温度で、まっすぐ入ってくる。

とくに、相手を見くびる言葉。声にのると、こんなにひやりとするのか、と思った。悪意のない一言ほど、耳に刺さる。ああ、自分もこういう言い方を、したことがある。声だから、ごまかせなかった。

間も効いていた。言いよどむところ、答えを飲み込むところ。その沈黙に、真実の人生の重さが乗っている。文字なら一瞬で通り過ぎる余白を、声はちゃんと、時間として聴かせてくれる。

聴き終えて、自分を少し疑えるようになった

聴き終えて残ったのは、答えじゃない。姿勢のほうだった。自分は、人のこともよく見えていないし、自分のことはもっと見えていない。その前提に、静かに立ち返らされた。

自己奉仕バイアスは、消せない。傲慢さも、たぶん完全には抜けない。でも「今、自分は都合よく採点してないか」と、一拍おいて疑える。それだけで、ずいぶん違う気がする。人にも、自分にも、少しやさしくなれる余地ができる。

誰かを責めたくなった夜。あるいは、自分を責めすぎている夜。そういう時に、この一冊を耳に入れてみてほしい。傲慢と善良のあいだで揺れる誰かの声が、こっちの物差しを、そっと持ち直させてくれる。眠りに落ちる前の、ちょうどいい重さの本だった。


ここまで読んでくれた、あなたへ。
その物語の、入り口です。

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