※本ページはアフィリエイト広告(PR)を含みます。
今朝の勉強は「畏敬」だった
今朝は、畏敬について学んでいた。英語でいうとawe。大きなものの前に立つと、自分が小さくなる。その感覚が人を少しだけ寛大にするらしい。自分のことばかり見ていた目が、ゆるむ。
高い演出はいらない、と書いてあった。見上げる。遠くを見る。それで足りる。ただし効果は小さめ、誇張しないこと、と但し書きがついていた。その正直さが、なんだか好ましかった。
ノートを閉じて思い出したのは、空でも山でもなかった。一冊のミステリィだった。森博嗣の「すべてがFになる」。あれを聴いていたとき、私はたしかに小さくなっていた。
孤島の研究所と、閉じた部屋
舞台は孤島の研究所。そこに、もう十五年ほど部屋から出ていない天才がいる。真賀田四季。人と会うのは、モニタ越しだけ。
訪ねていくのは、大学の助教授の犀川と、学生の萌絵。二人とも頭がいい。理屈で話す。少しずれた冗談も言う。そこで事件が起きる。閉ざされた部屋。コンピュータに残された、意味のつかめない一文。
何がどう繋がるかは、書かない。それは聴く人の楽しみだから。ひとつだけ言うなら、題名のあの一文は、聴き終えたあともずっと耳の奥に残る。
底の見えない言葉
四季の言葉は短い。短いのに、底が見えない。聴きながら何度か止めて、巻き戻した。わからない。でも、わかりたい。
そのうちに気づいた。自分が小さくなっていく。考えていた枠が小さくなる。こだわっていた正しさが小さくなる。昨日引っかかった一言も、明日の段取りも、さっきまで胸の真ん中にあったものが、みんな遠くへ引いていく。怖いはずなのに、息がしやすい。追いつけないものがあるということが、なぜかこんなに楽だなんて。
今朝の自分に言いたくなった。これだよ、と。見上げる空がなくても、畏敬は来る。
急げない耳
目で読むと、つい先を急ぐ。謎が気になるから、行を飛ばす。耳だと、それができない。ナレーターの池添朋文さんの声の速さで、一語ずつ置かれていく。
その間が、考える時間になった。犀川の理屈を、萌絵の勢いを、自分の中で一度転がしてから次へ行く。ミステリィを聴くというより、隣で議論を聞いている感じに近い。
ひとりの声が、何人も演じ分ける。四季の声だけ、温度が違って聴こえた。気のせいかもしれない。でも、私にはそう聴こえた。
聴き終えて、少し広い
聴き終えても、何かが劇的に変わったわけではない。効果は小さめ。今朝の但し書きのとおり。
ただ、自分のことで頭がいっぱいの夜に、少しだけ距離がとれた。大きなものに触れたあとは、小さな自分を、少し許せる。
空を見上げる代わりに、天才の声を聴く夜があってもいい。いまは、そう思っている。