※本ページはアフィリエイト広告(PR)を含みます。
見たいものしか、見えない
今朝、確認バイアスのことを学んでいた。自分の考えに合う情報ばかり拾って、合わない情報は見なかったことにする。人の頭は、そういう風にできているらしい。
読みながら、ひとつ思った。探偵は、これと一番相性が悪い職業じゃないか。「犯人はあいつだ」と思った瞬間に、あいつに都合のいい証拠ばかり目に入る。名探偵は、それを自分で止められる人のことだ。
そこで浮かんだのが、この本だった。『明智恭介の奔走』。探偵に憧れて、事件を求めて歩き回る大学生の話。事件を「求めて」いる人は、いちばん見たいものしか見えなくなりそうだ。そう思ったら、もう聴き始めていた。
名刺を配って事件を待つ人
主人公は、神紅大学ミステリ愛好会の会長、明智恭介。小説に出てくる探偵に憧れていて、事件を求めて名刺を配り歩く。もうこの時点で可笑しい。事件は、待っていても来ない。だから自分から探しに行く。
収められているのは、全五編。サークル棟の不可解な盗難騒ぎ。商店街で噂される日常の謎。夏休み直前の試験問題漏洩事件。どれも殺人ではない。日常の中の、ちょっとした「あれ?」だ。
どう解けるかは、ここには書かない。聴く人の楽しみにしておく。ただ、名探偵みたいに華麗に、とはいかないだろうな、という予感だけは最初からある。その予感ごと、愛おしい。
憧れは、空回りするほどいい
この本の芯は、謎解きより「憧れ」だと思った。ミステリが好きで、探偵になりたくて、でも現実は小説みたいにはいかない。それでも走る。奔走、というタイトルの通りだ。
走っている人を見ていると、こちらも少し背筋が伸びる。うまくいくかどうかより、走っていること。気力がない夜でも、人が一生懸命な話は、不思議と重くない。笑いながら聴いているうちに、明日ちょっとだけ動いてみようかな、という気になる。
確認バイアスの話に戻ると、好きなものに夢中な人は、確かに見たいものを見る。でも、その熱があるから動ける。見えすぎないことが、行動の燃料になる場面もあるんだな、と思った。ここは、学んだことへの私の勝手な感想だ。
声で聴くと、空回りが可笑しい
オーディブルで聴くと、会話の間がそのまま笑いになる。ナレーターの声が、明智の意気込みを運んでくる。張り切る場面と、肩透かしの場面。その落差が、耳だと直接くる。
日常の謎は、話の運び方が大事だと思う。小さな違和感が出てくる、その「間」。文字なら目が勝手に先へ進む。声だと、こちらも一緒に立ち止まる。ああ、ここ引っかかるな、と思う。その瞬間に、自分も謎の中にいる。
家事をしながらでも、散歩の途中でも聴ける。短編集なので、区切りがいい。一編だけ聴いて眠る、という使い方もできると思う。
聴き終えて残ったもの
残ったのは、軽やかな後味だ。重い余韻ではなく、ちょっと口元が緩んだままの感じ。頭を空っぽにして笑いたい夜に、ちょうどいい。
それと、自分への小さな問い。いま私は、見たいものだけ見ていないか。そう考えるクセが、少しだけついた。説教くさくなく、そんな風に思わせてくれるのが、この本のいいところだ。
探偵に憧れて、名刺を配る。その不器用さを、笑って、応援して、聴き終える。そういう時間が、一冊の中にちゃんとあった。