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信じたい方へ、寄っていく
今日、認知的不協和というものを学んでいた。
自分の信じていることと、目の前の現実がズレる。すると、気持ち悪い。その気持ち悪さをなくすために、人は現実の見方のほうを曲げることがある。信じたい方に寄せる。ざっくり言えば、そういう心の動きだ。
読みながら、ずっと思っていた。あれ、これ、人のことだけじゃない。私もやっている。そう考えたら、この本のことを思い出した。米澤穂信の「儚い羊たちの祝宴」。
バベルの会という名前
夢想家のお嬢様たちが集う、読書サークル。名前は「バベルの会」。あらすじにある情報は、これくらいにしておく。夏合宿の二日前に何かが起きる、というところまで。そこから先は、聴く人の楽しみだ。
ひとつの長い話ではなく、連作になっている。話ごとに空気が変わる。でも、どれも静かで、品がある。品があるぶん、怖い。
あらすじの惹句は「ラストの1行で世界が反転」。大げさだと思った。正直に言う。思っていた。
反転するのは、本の中だけじゃない
聴き進めるあいだ、私は私なりに、いろいろ決めていた。この人はこういう人。この家はこういう場所。こう終わるのだろう。
決めると、安心する。安心したくて、決める。
そこへ、最後の一行が来る。何が起きるかは書かない。ただ、足元の床が一枚、すっと抜けた。反転したのは物語の世界なのか。それとも、決めつけていた私のほうなのか。
読み終えて、というより聴き終えて、しばらく動けなかった。信じたい方に寄せていたのは、私だった。作者はそれを、最初から全部見ていた気がする。
声で聴くと、間が怖い
ナレーターは飯野めぐみ。声は落ち着いている。声を荒げない。だから、いい。
紙で読むと、目が先へ先へ走る。でも耳は、走れない。声が読む速さで、私も進む。一文ごとに、ひと呼吸ぶんの間がある。その間に、嫌な予感が育つ。
夜、部屋を暗くして聴いた。画面を見ない。ただ、聴く。眠れない夜に向いている。いや、向いていないかもしれない。聴き終えたあと、目が冴えるから。それでも、ひとりで静かに聴く時間としては、これ以上のものがなかなか見つからない。
聴き終えて、残ったもの
後味は、軽くない。心がほっこりする話でもない。
ただ、ひとつ残った。自分が何を信じたくて、何から目をそらしているのか。そう問われた感じ。責められたわけではない。ただ、静かに見せられた。
もう一度、最初から聴きたくなる。一度目に聴き流した細い言葉が、二度目はまるで違って聞こえる気がするから。どう繋がるかは、聴く人の楽しみにとっておく。
ラストの一行。ぜひ、声で受け取ってほしい。